カビによる皮膚炎が増加中らしい
ネットで、最近の異常気象による皮膚炎が増加している、というニュースが目に飛び込んできました。
どうも、遅れて来た梅雨と猛暑が重なったことで、湿気と暑さのWパンチから汗をかきつつジメジメするという肌の状態が長く続き、そんな環境を好む菌が増殖してしまったとのこと。その菌の名は「マラセチア菌」と「癜風菌」。詳しくはネットから引っ張ってきたので下記を↓
マラセチア毛包炎について
- マラセチアという真菌によって起こる毛包炎
- マラセチアは皮膚に普段から存在している
- 胞子の形のままで毛包の中で増殖することで生じる
- 高温、多湿、多汗、不潔などの環境が原因であると考えられる
- 思春期の男女の背中に起こりやすい
マラセチア毛包炎の症状
- 主に背中を中心に直径数mm程度の赤いぽつぽつが広がる
- 痒みはほとんどないことが多い
- まれに痛みが出現することがある
- 症状が強いと、膿を伴ってくる
マラセチア毛包炎の治療法
- 癜風菌に抗菌力のある塗り薬を用いる
- 主にイミダゾール系
- 治りにくい場合はイトラコナゾール(イトリゾール)を飲む
- にきびとの区別が重要
- なかなか治らないにきびのある場合はこの病気の可能性があるので、皮膚科専門医での受診を受ける
ちなみに、「癜風(でんぷう)」という皮膚病も、マラセチア菌が原因とのことです。前にアレルギーの話でも取り上げた「アトピー性皮膚炎」もこの菌が原因とのことですが、常在菌なので排除することはできないため、普段のケアが大事ということになりますね。
そこで、洋服にかけられるタイプの防カビ剤が活躍するかなと思うのです。
もちろんシャワーをこまめに浴びたり、タオルで汗をしっかり拭きとったりすることが基本ですが、肌に直接触れる衣類にも防カビ機能があればベストですよね。下記のリンク先の防カビ剤は、衣類や靴にも吹きかけられるタイプのものなのでカビ対策にうってつけです。もうすでにカビに侵されてしまっているよ、というものに関してはカビの種類に応じて2種類のカビ取り剤を試してみてほしいです。
私も実際に使っていますが、頑固な衣類のカビにも効くのでおすすめです!
発達の偏りが気になるお子さんの習い事選び
実体験と、見聞きしたこと(たまに専門家たちからの情報もあり)で語ることがメインのブログなので、科学的根拠に基づいているのか、と問われると、うーん、となってしまいますが…そこをご理解いただきつつ...
子どもの習い事選び、どうしようって悩む時ありますよね?
もちろん、定型発達で、意思のはっきりとしたお子さんや、得意なことがはっきりとしたお子さん、何でもそつなくこなすお子さんたちは、基本的にはお子さんのやりたいことや気持ちを最優先でいいと思います。
…が。
なんだかうちの子、発達に偏りがあるみたい。一定の遊びしかしたがらないし、新しいことを避けてる感じだし、苦手なことが突出してて後々苦労してしまうかも…、そもそも特にやりたいことがないというか、様々なことに対して意欲そのもがないように感じる…等々。
こんな様子を我が子に感じた場合、親としてはやはり心配してしまいますよね。幼稚園や保育園、小学校などで身につけられること以外で、何か子どもの発達をうまく促してくれるような習い事があったらさせたいな~、とか、子どもの特性に合いそうな習い事があればさせたいな~と思ったことありませんか?
そこで、まずは大前提として、「運動をする=脳の発達を促す」ということを念頭に置いて習い事を考えてみましょう(これはかなりエビデンスがあるので、検索してみてください)。
あなたのお子さんは運動が苦手(嫌い)ですか?
苦手や嫌いだと感じているお子さんの場合は、療育の観点から派生した習い事
「コーディネーショントレーニング」「ヴィジョントレーニング」がおすすめです。
前者は、運動神経を発達させるトレーニングで、後者は視る力と動かす力の連動を重点に置いたトレーニング(運動神経はあるが、球技や複雑な動きが苦手、手先が不器用等)です。ただし、この特殊な習い事はやっているところが少ないです。お住まいの地域にない場合は、放課後ディなどの療育施設で実施しているところがあるかもしれないので、そちらで検索してみてください。ただ療育施設に通う場合は発達検査や医師の意見書(療育が望ましいといった文言の入ったもの)が必要となってくるのでご注意ください。
尚、書籍や動画も出ているので、自宅で親が実践してみるというのも一つの方法ですね。
そして、運動が嫌いではない、むしろ好きなお子さん、チャレンジ精神が旺盛なお子さんの場合は、
体操⇒様々な神経を比較的バランス良く鍛えられる+学校の体育の授業に苦手意識を持ちにくい
水泳⇒多動傾向のある子は、注意をそらすものがなく静かな水中が落ち着きやすく、集中しやすい+肺が鍛えられる
球技⇒攻守の切り替えが激しいものは避けた方が良い(混乱してしまい、楽しむどころではない)ので、野球、テニス、バレー、卓球あたりがメジャーなスポーツとして始めやすいかも。こちらも体育の苦手意識の軽減が期待できますし、友達との絆が深まりそうですね
陸上⇒球技は苦手だけど、体のポテンシャルは高く、走ることが得意な子には自信もつきやすいしいいと思います
武道⇒これに関しては内容そのものというより、先生との相性が重要かもしれません。だいたいの親御さんが期待するのは忍耐力向上や礼儀を学ぶ、ですかね。なので先生の方針が重要かなと...
こんな感じの観点から選んでみると(体験してみると)良いのではないでしょうか。
*ちなみに、ダンス、バスケ、サッカーあたりはかなり難易度が高いと思われます。始めから得意だったり好きだったりならば所属先の方針によっては良いと思うのですが。ついていけなかったりずっと控えのポジションだったりすると、自己肯定感の低下や人間関係トラブルのもとになってしまうかもしれません(発達の偏りのある子はストレス耐性も弱いので)。
ちなみに、バレエは...身近に話を聞ける人がいなかったため不明です。
ところで、もちろんスポーツ系はとても大事なのですが、文化系の習い事にも着目してみると…
習字⇒多動傾向があり、字を書くことがしんどい子は苦行にしかならないのでおすすめできません。字を書くことがしんどい子はむしろヴィジョントレーニングがおすすめです
ピアノ⇒運動をどうしても嫌がるお子さんでも、代わりに脳の発達を促すと言われている代表的な習い事ですね(検索するとたくさんの見解が出てきます)
そろばん⇒計算力・数学的思考を養うと言われていますし、他にも特定の脳の発達を促すと言われています
プログラミング⇒論理的思考が養われるみたいなので、思い込みの強いお子さんの良い訓練になるかも...ですが、入り口はロボットとかゲームから入るので万人受けしますが、内容は地道な作業になると思うのでギャップが大きくて続かない場合も多いですね
将棋⇒見通し力の弱い子には最適。周囲を見渡す力が養われるし、学習能力の向上(応用力)につながると思います...が難しいのでとっつきにくいのが難点
美術系⇒繊細で言葉の表現に苦手意識がある子は作品に気持ちをぶつけられるのでいいと思います。ストレス発散にもなるし明確な評価基準がないので比べられることも少なくて、心の安定につながりますね
料理系⇒マルチタスク、課題遂行能力が問われるので意外と難しく、きちんと習うならば大きくなってからでいいと思います。単発イベント的なお楽しみ感覚で体験するのはすごくおすすめです(食育的に)
学習系⇒ある程度脳神経の発達のバランスが整ってきてからの方が伸びると思われます(つまり小学校中学年以降から)
まぁでも、効果が望めるとすれば、結局はお子さんの興味・関心の度合いや意欲にかかってきてしまうので、最初の門は親が叩いてみてもいいし、むしろいろんな体験をさせてみて、子どもの様子を注意深く見て続けられそうなものに誘導していくのがよさそうです。もちろん誘導といっても、子どもが自分で選んだと思えるような誘導が大事ですが(^^;
心の中と部屋の中は繋がっている
部屋の中の雑然とした感じとその部屋の主の心の中の状態はイコールのことが多いです。
その逆もまた然りで、部屋の中が整理整頓されていれば、つまり心も晴れやかにクリアになるというわけです。
ただ、幼少期からの置かれた環境で、例えば雑然とした部屋が当たり前の環境だったりすると、それが自然だと身についているので、整理整頓された部屋だと落ち着かなくなってしまうというのはあり得ると思いますが…。
それでも、整理整頓された部屋に慣れてくれば、やはりその方が心の中のクリア度が上がってきて、気が付くと頭の中がスッキリしやすくなった、とかいう実感が伴ってくるかなと思いますけどね。
かくいう私も、常に頭の中が忙しく動き回っており、加えて合理主義なところがあるため、すぐ使うものは見えるところに、片付けるのは動いたついでに、とかそんな感じで生活しているので、恥ずかしながら部屋は雑然としていることが多いです(^^;;
でも、時々まとめてドカッと時間をかけて掃除をすると、掃除した後の爽快感がしばらく続き、普段のだらしない行動が改まったり、後でいいやと引き延ばしていたことに取り掛かれたりするのを実感するにつけ、やっぱり部屋と心は繋がっているんだなと改めて思わされます。
そして、部屋がきれいになると今度は埃や塵、そしてカビや汚れなんかも気になり、さらにきれいにしたくなってくるわけです。
まぁ埃や塵に関しては、掃除機は割とまめにかけているのでそこまで気にならないのですが、普段手の届かないところに気が付いて掃除し始めたり、後回しにして見ないようにしていたカビや汚れが妙に気になってきて落とさずにいられなくなったりとかですね。そうやって行動に現れてきて、いつのまにかダラダラするはずの時間がキビキビ忙しく動き回っていた、なんてこともあります。
そしてすっきりきれいになった後の爽快感は本当に気持ちがいい!!!
でも盆や正月が近づくと、いつもよりさらに手をつけていない場所を何とかせねば…と思うのですが、それはなんだかとても憂鬱だったりします。
やっぱりやることを考え出すと面倒くささが先にバーッと出てきて、前もって少しずつ段取り組んで手を付けていけばいいんですけど、組み立てられたものを外したり、手の届かない場所を夫に頼んだり脚立を用意したりが面倒だったりで結局スケジュール通りにいかなかったりすると嫌になっちゃって…(--;
そんな時はプロに頼むのが楽なので、前もって少しずつの段取り⇒これを貯金に変えてしまい(貯金ならズボラでもできる)、その貯めたお金をハウスクリーニングを頼む資金に変えてしまってます。
パッと思いついたものにお金を使うと罪悪感あるけど、前もってコツコツ貯めたお金を目的通りに使うことには罪悪感は湧かないんですよね(笑)
それよりも自分の中で、家がきれいになることだけでなく、心の健康にも役立つことに対しての価値が爆上がりなんです。しかも自分だけでなく夫や子どもへも良い影響がある。一石何鳥か?ってくらい。
皆様もぜひ一度ハウスクリーニングをお試しあれ!
はっきりとした理由がない不登校とWISCの関係
明らかな理由が見つからないが体調不良を繰り返したり朝起きられなくて学校へ行けなくなった…とか、
理由はあったけど、そのことは表面上は解決したし配慮も受けたはずなのに、体調は良くならないし朝は起きられず、理由を聞くと前に起こったことが尾を引いているといったような発言があったり、もしくは別の理由を上げてきて登校を渋り続けている…など、
こういった子は日に日に増えてきていると実感しています。
私も、こういうお子さんと良くお話ししたり、保護者の方から相談を受けたりするのですが、かなりの高確率で共通点が見られます。また、こういうお子さんがWISCを受ける機会を得て受けることになり、その結果を見せていただく、ということも多いので、その点も含めた共通点を上げますと、
①人からの評価を過剰に気にする、人の動向を気にする
②マイナス思考に偏りがち
③WISC検査の数値の中で「言語理解」が他の数値に比べて高く、他の数値と差が開いている
④何かにはまっていることが多い(アイドル、アニメ、漫画、ゲーム、憧れの世界を具現化したような場所や人・グループへの所属、仮想世界のコミュニティへの所属など)
⑤好きな友人・知人に対して優しい、断ることが苦手。結構人気者だったり、あるいは特定のかなり親しい子がいる
⑥親の(子への)理解が深いゆえに過干渉気味、あるいは親も似たタイプ、あるいは親がメンタルヘルスの課題を抱えている
こんな感じでしょうか。
ここで、③で上げた「言語理解」という数値に関してなのですが、言語理解が高いということは、言語を扱う能力が高いということです。つまり、単語力や抽象的な言語概念の理解力が高く、一般常識を備えているということになります。また、相手が発した言葉を聞く能力だけでなく、自分が伝えたいことを正確に伝えられる力も高いわけです。
なので、集団生活において、先生の言っていることやクラスメートたちの言っていることを良く理解しており、しかしながら他の能力の数値と差が開いているため、
今やるべきこと、求められていることがわかっているのに思っていたように体が動かない、頭が働かない⇒結果を出せないということになりがちなのです。
人の評価を気にするタイプのため、強い劣等感となり、自己肯定感が下がってしまう⇒人から変に思われていないか余計に気になってしまう⇒さらにうまくいかなくなる⇒自分のこんな恥ずかしい姿を人に見られたくない、自分自身も見たくない⇒クラスでやっていけないと思う⇒学校を休みがちになる⇒ますます周囲についていけなくなるだろうと思い、さらに行きたくなくなる
こんな思考経路、行動パターンをたどりやすくなるのですね。
こういうお子さんは、人との競争が目で見てとれる環境はとてもしんどいので、本来ならば少人数の環境であったり、自由であまり競争の激しくない環境下が適していると思います。
そうはいっても、そんな環境がすぐに得られる世の中ではないのですが…でも一昔前よりはずいぶん恵まれてきたとは思います。
田舎でなければ、社会資源の選択肢はいくつかあるでしょう。
ただ、言葉を扱う能力が高いということは、人とのコミュニケーションもそこそこできるということなので、生きづらさに気づいてもらいにくく、そのことが最も気の毒なことだなぁ…と常に思います、ね。
人はまさにスペクトラム
「スペクトラム」とは連続体や範囲、という意味の言葉です。
自閉スペクトラム障害という診断名がありますが、これは「自閉傾向が強く生きる上で様々な支障が出ている状態ですよ」、という意味ですね。
人は、発達していく段階で個人差がありつつもグラデーションのようにジワジワと発達を遂げていくわけですが、そのいくつもある発達項目や段階を一般的に達成するラインまでに(全体的にあるいは一部のみ)達することができなくて、生きていくうえで支障が出始めてしまう人もいるわけですね。そういう人が「障害」として診断されるわけです。そして、支障が出ない範囲だと「個性」「性格」となり、支障は出ているけど検査で定められた数値にはなんとかギリギリ達している状況のことを「境界域」と呼んだりします。
また、ある面では低いけどある面は秀でているのでその秀でている能力が、自身の低い部分を補完して成り立っている場合、支障が出ている部分の内容にもよりますが「HSC」といった解釈をされたり、あるいは場面緘黙や社交不安障害、強迫性障害、自傷行為、摂食障害、起立性調節障害などいわゆる精神的な症状として現れたりすることがある、と私は考えています。
あと、まだあまり診断される例がそこまで多くなくて小児科及び周囲の大人(保護者や先生方など)に見過ごされているものもあります。例えば「協調性運動障害」「反抗挑戦性障害」「学習障害」など。これらも診断されなければ、課題を抱えながらも何とか日々を送り、次第に上記のような精神的症状が出始め、精神面での支援に繋がってくるということになるでしょう。そうならずそのまま大人になる例もありますが…。
何が言いたいのかというと、タイトルに
戻りますが「人はまさにスペクトラム」だよね、ということです。
織りなすグラデーションがその人を作り上げている。
限りなく能力も高くバランスも申し分ない人…は広い世の中探せばそれなりにいるかもしれませんが、多くはない。とても限られた人。
完璧な人なんてまずいない。
大切なのは、自身の弱点を良く知り、苦手な場面で適切なヘルプを卑屈にならずに出せること。人は一人では生きられないと自覚していること(そう思うと自然と感謝の気持ちが周囲に対し湧いてくる)。
ヘルプを出した結果、相手がどう出るかは相手の問題だから、時にはヘルプを受けられないこともあるかもしれないけど、自身を卑下する必要はなく、そこは他人と自分の境界線をしっかり持っていれば傷を負わないで済む。
そうはいっても、完璧な人はいないのだから凹む時もある。
だけど、その場では無理でも境界線がわかっていれば、少し時間をかければ自分の機嫌は自分でとることができる。
子どもは日々成長して(発達して)いるわけだから、大人よりは見渡せないことばかりだけど、
発達の成長が止まった大人でも、上のような
「弱点を知り適切なヘルプを出す=一人では生きられない、人に感謝する」
「他人と自分との境界線を自覚する」
「自分の機嫌は自分でとる」
これを心がけていれば、精神面の成長はし続けられると思っています。
また、発達の種類によっては、大人になってもずっと成長し続けられるので、あきらめずに、子どもたちに胸を張れるような大人を目指していきたいものですね!
教育界も例外なく時代の過渡期、という実感
ちなみに、今「教育業界において時代の過渡期」、というのは具体的には…
①不登校児童が増えているのは時代の流れ~集団教育が時代に合ってきていないのではないか
②学校以外の場所でも学べる場所をどんどん生み出そう
③家庭のことも発達の課題でも色々と背負ってきた学校だが、もっと外部に託せるようなシステムにしよう、分業しよう
④どこかへ行かずとも学べる環境を(インターネット)完全に整備しよう
⑤昔と比べて子どもの視野は広がっているし教養も身についてきているので、ある面では成熟が早まっている。だから子ども扱いしてごまかしきれない。つまり教員側の誠実さがさらに問われている
こんな感じでしょうか…(もっとあるかもしれませんが)
しかし、こんな現象が見えているのは私が教育業界に片足のみ突っ込んでいるからであって、どっぷりつかっていてしかも頭の固めな上司が多いところに身を置いていたとしたらなかなか頭のアップデートが追い付かない状況だと思います。
ところで、不登校に関してフォーカスして言わせてもらうと、個人情報保護にうるさい世の中なので学校は家庭にどこまで立ち入っていいのかわからないし、そうかといって定期的な安否確認は学校の義務だし、何より保護者は自分の子に教育を受けさせる義務があるし…で学校は必死に児童や保護者にアプローチするも限界があるので中途半端な形で関わるしかないのが現状です。働き方改革と叫ばれていますし、あまり時間を割けない現実もあります。
しかし、昔から学校は子どものセイフティネットの役割もあったわけで、子どもが不登校になり始めると通常まずは学校側が急いでその子やその子の保護者にコンタクトを取り始めますよね。心配という言葉を使いますが(本当に心配なのですが)、長期化すると安否確認の義務も発生するので、その意味合いも口にすることがあります。
しかしそこで一部の保護者は、「虐待」を疑われるなんて…!!とショックで連絡を遮断したり怒りの言葉を口にすることもあります。もしくは、「しつこい!学校なんて行かなくてもいい!」とばかりに拒絶の姿勢を見せるわけです。また、子どもの不登校の原因を学校側にのみ求めてしまい、不信感を募らせていたところに学校からしつこく連絡が来て、うんざりしてしまうという場合もありますね。
そんなわけで学校と保護者の間に亀裂が生じてしまった場合、私のようなものが間に入ることもしばしばあります。でも残念ながら、学校側で何とかするべきと考える教員もまだ多く、どうにもならなくなってからようやくこちらへ繋がるということが多いです。傷が浅いうちの方が解決は早いのに...と思ってしまいますが。
ところで、上記のように拗れてしまうのは、両者とも、子どもへの心配する気持ちは同じではあるものの、本心がズレていてかみ合っていない状況故に起こると考えます。
この本心については、様々なパターンが考えられますが、例として
教員側⇒★学校ほど子どもの学びの場として適した場所はないと思っている(勉強だけでなく多種多様な学びを体験できるし、無料である)。
★こぼれ落ちる子どもが出ないように、寄り添いながらしっかり自分がフォローしてあげたい。自分(担任)なら寄り添えるかもしれないし、任せてほしい。
★家庭環境が心配だから、せめて学校に少しでも顔を出して栄養ある給食を食べながらゲームや動画など簡単に依存できてしまうものから離れて人との触れ合いを経験してほしい。
★誰か理解者を一人でも学校に作って、一人じゃないと安心してほしい。
★学校以外の場所があったとしてもまったく無関係ではいられないのだから細々とでも関係を作っておいて後で気が変わった時にスムーズに戻れるようにしておいてあげたい。
★できる配慮はしてあげたいけど、ルール上できないこともあるし生徒の態度を見ているとわがままかなと思いたくなるようなこともある。すべてをこの子中心に配慮してあげられるわけじゃないことはわかってほしい。忍耐力も身につけてほしい。
★子どもの発言や態度が学校と家庭で違うことが多くあるが、それを伝えてもなかなか信用してもらえず、学校に見に来てほしいと伝えても来てくれなくてお互いの理解に溝ができてしまう。
★最初から学校に批判的な「学校以外の居場所の先生方」や「病院」等と情報共有をしても意思疎通が難しく困ってしまうことが多い。
★自分の子のために難しくても親が時間や労力を割くべきだし、その背中を子どもは見ている。家庭にも原因の一端はあるのに原因を学校側ばかりに押し付けられることもあるし、そもそも一緒に何とかしようとしてくれる気がないのなら連絡するのも気が引けてしまう…。
などなど。
保護者側⇒★学校が嫌で行かない選択をしている我が子を守っているだけなのに、しつこく連絡してきて子どもを刺激しないでほしい。
★家にいさせた方が安心だからいさせているのに安否確認だなんて失礼だ。もしかしてうちの躾にケチをつけるつもりなのか。
★そもそも学校側の対応が大きな原因でもあるのにいざ不登校になって慌てて連絡してきてももう手遅れだ。他の居心地の良い場所を探すつもりなので学校はもういいし、何も期待してなどいない。
★正直こんなルール本当に必要か?って思うこともあるし、そのせいで学校が嫌になっているところもあるのに、配慮をお願いしても理由もろくに説明せず断られたりして困っている。
★病院に連れていった際に登校どころではなくて治療が優先だと言われているんだから、学校の気配を感じただけで不安定になる我が子から学校を切り離すのは当然だ。
★我が子の話が100%事実じゃなかったとしても親は子を信じるべきだしまるっきり事実と違うことを言うわけがないのでまずは子どもを守りたい。
★共働きで忙しくて学校に行って話し合っている時間もそんなにしょっちゅう作れない。正直長い人生の中の短い期間だと思うし我が家はあまり困っていないので放っておいてほしい。
★集団の中の個を見るのは大変だし忙しいのもわかっているつもりだけど、あまりにも我が子に関心がないように見えるし、本音はどうでもいいんじゃないだろうか...?
などなど。
こんな感じでしょうか…?(今までの経験をもとにしています)
いったん拗れてしまった間柄を修復するのは至難の業でして、ですが落としどころを見極めつつ最終的に子どもの利益になるように持っていく、というのがソーシャルワーカーの仕事でもあります。
まぁ教育界側だけでなく、保護者側のとらえ方も含めて時代の過渡期といいますか、みんなで頭のアップデートを行っていきたいですね(自分も)。
追記:⑤についてですが、例えば先生が矛盾した言動や間違ったことをしてしまった時、そこに悪意がなくても間違いは間違いなわけで、その事実についてはちゃんと認めて謝る必要があれば謝ること、これができない先生がいまだに多いです。ていうか普通に上司が部下に対して、ていうシチュエーションでも多いので教育界に限ったことではないのでしょうが、子どもへの影響は果てしなく大きいと感じています。確かに発達の個人差や性格により先生が誠実に接しても逆手に取って騒ぎ立てる児童もいるのかもしれませんが、少数だと思いますし、そういう子に対しては個対個で向き合わずに大勢対個で丁寧に関わっていけば良いのでは、と思います。まぁ理不尽な大人に対する免疫という意味ではそういう先生も役立っているわけで、一概にそれが良くないとも言いきれないのですが...(^^;
愛着障害を起因とする子どもへの対応
前にここのブログで書いたこともあり、「愛着障害」というと診断名かと誤解を受けかねないので、ここでいう「愛着障害」=「愛着形成不全に起因する行動や症状」ということで進めていきます。
①まずは子どもの話に耳を傾け否定しない、これが基本です。
日々共に暮らす家族ならばできる限り全員がそうしてほしいのはやまやまですが、そう簡単に実現できていたら、そもそも愛着形成不全になっていないよって話ですよね(^^;)
ましてや兄弟姉妹に対しては、そんな大人でもしんどいことを背負わすことはできませんし…。
なので両親だけでも…と言っても、二人で、となると難しいかもしれないので、どちらか一人でも構いません。とにかくその子の手を焼くような行動に対しても、とにかくひたすら否定せず、どういう気持ちからこういう行動に至ったのか、そこだけに焦点を当てて根気強く寄り添いながら話を聞いていってほしいのです。ただ、全部聞いて「~だから~をしてしまったんだね、寂しかったんだね」と受け止めるだけでなく、最後には、こういうことをされてこちらはこういう気持ちになってしまった、悲しかった、などを伝え、良くないことはしっかりと良くないこと、またその理由もはっきりと伝えてください。そして本当は悪いこととわかっててやったのか、あるいは本当にわからなくてやってしまったのか聞き出し、悪いこととわかってやった場合善悪の判断ができていることを褒め、わからなくてやった場合は今知れたことを良しとし、今後に繋げていってほしいです。
ちなみに、家族内にキーパーソンがいない場合、祖父祖母や親戚縁者とかでもいいです。それも難しければ学校などその子の所属している場所で、一番その子が打ち解けていそうな人(相性が良い人)でもいいと思います。ただ、本来ならば、家庭と学校とでそれぞれにその子と信頼関係を作ってもらうのがベストなので、できれば家庭には家庭、学校には学校のそれぞれのキーパーソンを作ることが望ましいです。
②居場所を整えてあげてほしいです。家庭内では、その子だけの居心地の良いスペースですね。心が乱れた際に落ち着ける場所に、家庭内キーパーソンと一緒にあるいは一人で過ごすことが大切です。そしてその居場所の管理はできるだけその子自身に任せると良いでしょう。
学校であれば、集団活動ができなくなった際に、教室以外の心を落ち着けられる場所でキーパーソンと一緒に過ごすことが大切です。教室では、何か役割(電気を消す、換気する等の小さなことでOK)を持たせてできたら褒めることが自信に繋がると思います。
③1対1の落ち着いた環境で、一緒に活動することです。勝ち負けが生じず、難しすぎず能力の差があまり出ないようなものが望ましいと思います。キーパーソンから何かを教えるということはなく、子どもからも過度に何かを教わるという性質のものではない活動が良いですね。簡単な工作やミニチュア家具を並べて部屋作り、歌を一緒に歌う…なんかもいいかもしれません。
④最終的には、キーパーソンを少しずつ増やしていきます。メインのキーパーソンを介して少しずつ慣れさせていき、その子の世界を広げていきます。
①~③を根気強く実行していけば、だいたい3か月くらいで、暴れていた子も少しずつ落ち着いてくるなどの改善の兆しが見えるでしょう(実体験あり)。
しかし読んでいてわかる通り、本当に根気の必要な内容ですし、学校などの集団の場ではルールや人員不足等で思ったように支援できない場合もあるため、相応の覚悟も必要です。また、支援者のメンタルケアも必要となってくるでしょう。
家庭での支援の場合、愛着形成不全の子どもの親も高確率で愛着形成の問題を抱えているので、外部の支援者は親のメンタルのケアも視野に入れる必要があります。
自分の子どもの支援をしたいんだ、と考えている親は、自覚がなかったとしても自身の心の痛みやストレスと向き合いながらでないと難しいことを肝に銘じて、どこかの専門機関に相談しガス抜きを図ってほしいと思います。